ここで多くの人が直面する最大の疑問が、「地下に土俵を格納できるなら、次の本場所でもそのまま引き上げて使えばよいのではないか」という点です。しかし日本相撲協会の厳格な規定により、大相撲の本場所(東京場所)が開催されるたびに、土俵は完全にゼロから作り直されています。
東京本場所の初日を控えた約1週間前、館内では「土俵築き(どひょうづき)」と呼ばれる設営作業が一斉にスタートします。この作業を担うのは専門の建設業者ではなく、本場所で力士を土俵へ呼び上げる裏方のスペシャリスト「呼出(よびだし)」たちです。設計図などは存在せず、親方や先輩呼出の身体感覚と口伝によって何百年も継承されてきた伝統技術が現場を支配します。
土俵に使用されるのは、埼玉県川越市周辺の荒川流域などで採取される「荒木田土(あらきだつち)」です。粘土質が極めて高く、適度な水分を含むと抜群の結束力を発揮するこの土を、トラック数台分(約40〜45トン)も運び込みます。呼出たちは「タコ」と呼ばれる重い樫の木の突き棒を全身の力で振り下ろし、幾重にも土を重ねて踏み固めていきます。最後はビール瓶の底を使って土の表面をミリ単位で磨き上げ、陶器のように滑らかで強靭な土俵の傾斜面を削り出していきます。