1987年に結婚した二人は、長年にわたり不妊治療に取り組んでいたことを後に明かしている。政治家の妻として「跡取りを産むこと」を周囲から強く期待される風潮の中、昭恵夫人が背負った精神的プレッシャーは図り知れない。自民党重鎮の家族という特殊な環境下で、周囲からの無遠慮な言葉や視線に晒され続けた葛藤は、メディアの前で見せる笑顔の陰に隠されていた。
養子を迎える選択肢についても夫婦間で議論されたが、最終的に二人は「子供を持たない二人だけの人生」を歩む決断をした。この個人的な苦悩と相互理解のプロセスは、伝統的な家父長制の価値観が残る永田町において、新しい夫婦像を提示する出来事でもあった。