ノストラダムスの大予言と1999年7月|恐怖の大王の正体と狂騒の真相

ノストラダムスの大予言と1999年7月|恐怖の大王の正体と狂騒の真相

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迎えた1999年7月、世界各地では終末論者たちが山頂に集まるなどの動きが見られたものの、天変地異も核戦争も起きず、人類は何事もなく8月を迎えました。なぜ予言は完全に外れたのか――その答えは単純明快で、「そもそもノストラダムスは1999年に世界が滅びるとは書いていなかった」からです。

真相を検証すると、以下の客観的事実が明らかになります。

1. 詩集は西暦3797年まで続く構成だった
ノストラダムスが息子のセザールに宛てた有名な献辞(手紙)には、自身の予言が「現在から西暦3797年まで及ぶ」と明記されています。1999年で世界が終わるという前提自体が、後世の解説者による創作でした。

2. 意図的な誤訳とセンセーショナリズム
五島氏をはじめとする日本のオカルト本は、古フランス語の多義性や難解な比喩を「現代兵器」や「天変地異」に強引に結びつけました。五島氏自身も晩年のインタビューにおいて、公害問題や核兵器への危機感を訴えるための警鐘としてドラマチックに翻案した側面を認めています。

3. カレンダーの暦法の違い
ノストラダムスが生きていた16世紀のフランスはユリウス暦を採用していました。現代のグレゴリオ暦に換算すると日付にずれが生じるため、「1999年7月」というピンポイントの指定自体が暦法上の矛盾を孕んでいました。

阿部 裕樹
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阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。