スミレの文化史を語る上で欠かせないのが、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトと妻ジョゼフィーヌにまつわる逸話です。
ナポレオンは生涯を通じてスミレを熱愛し、自身のシンボルフラワーとして掲げていました。彼が愛妻ジョゼフィーヌと最初に出会った際、彼女の胸元に飾られていたのがスミレの花束でした。ナポレオンは毎年結婚記念日に欠かさずスミレのブーケを贈り、彼女への誠実な愛を誓い続けたと記録されています。
政治・軍事の舞台においても、スミレは重要な役割を果たしました。1814年にエルバ島へ流刑となった際、ナポレオンは支持者たちに「スミレが咲く春に再び戻る」と言い残しました。これ以降、熱狂的なボナパルティストたちはスミレを秘密の合図とし、彼を「スミレ伍長(Corporal Violet)」と呼んで忠誠を誓い合いました。
翌年、宣言通りパリへの帰還を果たしたナポレオンを迎えた市民の胸には、一斉にスミレの花が飾られていたと伝えられます。そして1821年、絶海の孤島セントヘレナで彼が息を引き取った際、身に着けていたロケットペンダントの中からは、先立たれたジョゼフィーヌの肖像画とともに、彼女の墓前に咲いていたスミレの押し花が発見されました。歴史の激動の中にあっても揺らぐことのなかった「誠実と愛」の象徴が、まさにスミレだったのです。