直木賞を受賞した原作小説の著者である野坂昭如氏にとって、『火垂るの墓』は自らの過去を抉り出すような鎮魂歌であり、生涯消えない慙愧(ざんき)の念の告白でもありました。本作に登場する火垂るの墓 モデル 家族は、野坂氏自身の生い立ちが色濃く反映されています。
野坂氏は戦時中、神戸で養父母のもとで暮らしていましたが、空襲で養父を亡くし、幼い義妹(恵子さん・当時1歳4か月)を連れて親戚のいる福井県へと疎開しました。ここでの野坂昭如 実体験が作品の骨格となっています。しかし、現実と小説には決定的な違いが存在します。現実に生き残ったのは兄である野坂氏であり、幼い妹は栄養失調で命を落としました。
野坂氏は後年、「自分は空腹に耐えかね、妹に与えるべきわずかな食料を奪って食べてしまった」「泣き叫ぶ妹の頭を叩いてしまった」と痛恨の告白を残しています。「生き残ってしまった自分への激しい嫌悪と贖罪」から生まれたのが『火垂るの墓』でした。本来死ぬべきだった自分を清太に重ね合わせ、妹のために尽くして三宮駅で死なせることで、野坂氏は自らの精神的な心中を図ったのです。