昭和文壇の権威として君臨した「小説の神様」志賀直哉。一方、戦後の虚無感と混沌を背負って登場した太宰治。二人の不協和音が決定的な決裂へと至った背景には、文学に対する根本的な哲学の断絶が存在していた。
志賀は太宰の作品『斜陽』に対し、登場人物の言葉遣いや情緒的な自己憐憫を「不自然でポーズに満ちている」と一蹴した。一切の無駄を削ぎ落とした写実を尊ぶ志賀にとって、太宰の過剰な自意識と演劇的な文体は耐え難いものだったのだ。
しかし、太宰にとって志賀からの否定は単なる批評家の一言では済まなかった。かつて志賀の簡潔な描写に深い憧憬を抱いていた太宰だからこそ、その冷淡な拒絶は魂を抉るような傷となった。愛憎表裏一体の情念が、文壇を巻き込む未曾有の対立劇を生み出すトリガーとなったのである。