見事な機転で歴史に名を刻んだ伊勢大輔とは、一体どのような女性だったのでしょうか。その経歴と生涯を辿ると、平安時代の名門歌人としての誇り高い姿が浮かび上がります。
伊勢大輔は、平安中期の神官であり著名な歌人でもあった大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)の娘として生まれました。祖父の輔樹、曾祖父の能宣(『三十六歌仙』の一人)と代々続く名門歌人貴族の血筋を引いており、幼少期から卓越した和歌の英才教育を受けて育ちます。
一条天皇の中宮彰子のもとに出仕した彼女は、同僚であった紫式部や和泉式部、赤染衛門らとともに「一条朝宮廷の黄金期」を形成する才女の一人として活躍しました。伊勢大輔の性格は闊達で人望が厚く、宮中の多くの貴族から敬愛されていたと伝えられています。
後に高階成順(たかしなのなりやす)と結婚し、娘たち(筑前乳母など)も歌人として名を馳せました。伊勢大輔は当時としては非常に長命で、80歳を超えてもなお和歌を詠み続け、後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇・後三条天皇・白河天皇の時代まで生き、後世に編纂された家集『伊勢大輔集』にはその豊かな生涯の歌が遺されています。