彼の原点はラジオにある。1967年、株式会社文化放送に入社した青年・御法川法男は、スポーツアナウンサーとしてキャリアをスタートさせた。伸びやかな声と独特の間合いで頭角を現したものの、当時の局内では必ずしも順風満帆ではなかった。フリー転身後、彼の運命を大きく変えたのが、1987年に放送を開始した日本テレビの昼の情報番組『午後は〇〇おもいッきりテレビ』である。
専門用語を噛み砕き、主婦層の悩みに親身に答えるスタイルは大ヒットを記録した。そこから放送業界における彼の快進撃が始まる。フジテレビの『クイズ$ミリオネア』では、「ファイナルアンサー?」のフレーズで日本中を静寂と焦燥に包み込んだ。さらに、日本テレビ系列の『秘密のケンミンSHOW』では地方文化の魅力を引き出す絶妙な手腕を発揮した。報道、情報番組、バラエティ番組、そしてクイズ番組に至るまで、あらゆるジャンルを制覇した司会者は芸能界広しといえど彼をおいて他にいない。