Q1:なぜ「卍」という文字を名前に使ったのですか?
A1:仏教で吉祥や宇宙の真理を象徴する神聖な記号であり、北斎が信仰していた妙見信仰(北辰・北斗七星)とも深く関連しています。「万物のすべて」「無限の再生」を意味し、自らの画業が新たな次元に生まれ変わる決意を込めて採用されました。
Q2:葛飾北斎は何歳まで生きて、何歳から「画狂老人卍」を名乗ったのですか?
A2:数え年で90歳(満88歳)まで生きました。「画狂老人卍」を名乗り始めたのは天保5年(1834年)、75歳頃からです。亡くなる嘉永2年(1849年)まで約16年間にわたって使用されました。
Q3:娘の葛飾応為(お栄)とはどのような関係でしたか?
A3:北斎の才能を最も色濃く受け継いだ愛娘であり、晩年の北斎の助手・共同制作者でした。応為の卓越した陰影表現や色彩感覚は北斎の晩年肉筆画に多大な影響を与え、二人は寝食を忘れて作画に没頭する唯一無二のパートナーでした。
Q4:画狂老人卍の時代の最も代表的な作品は何ですか?
A4:版本ではモノクロームの極致を描いた『富嶽百景』、肉筆画では長野県小布施町の岩松院本堂天井絵『鳳凰図』や、絶筆とされる『富士越龍図』などが代表作として世界的に高く評価されています。