アンジェルマン症候群は、1965年にイギリスの小児科医ハリー・アンジェルマン(Harry Angelman)によって初めて報告された先天性の神経学的疾患です。出生頻度はおよそ1万2,000人から2万人に1人と推計されており、日本国内では厚生労働省の指定難病(指定難病201)および小児慢性特定疾病の対象に認定されています。
最大の特徴は、周囲を和ませるような多幸的な表情や理由のない笑い、そして重度の知的発達の遅れです。かつてはその外見的・行動的特徴から「パペット(操り人形)症候群」などと呼ばれることもありましたが、現在は医学的尊厳に基づき「アンジェルマン症候群」の呼称で統一されています。
疾患を引き起こす根本原因は、15番染色体長腕(15q11-q13領域)に存在する「UBE3A(ユビキチンプロテインリガーゼE3A)遺伝子」の機能喪失です。この遺伝子は脳の神経細胞(ニューロン)においてタンパク質の分解やシナプスの形成に極めて重要な役割を果たしています。
人間の脳内では「ゲノム刷り込み(インプリンティング)」という現象により、父由来のUBE3A遺伝子は自然にスイッチがオフ(不活性化)されており、母親から受け継いだ母由来のUBE3A遺伝子のみが働いています。そのため、何らかの理由で母由来の遺伝子が働かなくなると、脳内でUBE3Aタンパク質が作られなくなり、神経発達に深刻な影響を及ぼすのです。
母由来のUBE3A遺伝子が働かなくなる主な機序は以下の4パターンに分類されます。
- 15番染色体欠失(約70〜75%):母親由来の15q11-q13領域が物理的に欠失している最も多いタイプ。
- UBE3A遺伝子変異(約10〜15%):母親由来の遺伝子そのものに塩基配列の変異があるタイプ。
- 父親性片親性ダイソミー(UPD / 約2〜5%):15番染色体が本来の「父母1本ずつ」ではなく「父親から2本」受け継がれ、母由来が存在しないタイプ。
- 刷り込み変異(約2〜4%):染色体はあるものの、刷り込みセンターの異常で母由来が父由来のようにサイレント化してしまうタイプ。