星稜高校時代からその才能を騒がれていた本田圭佑が、プロのキャリアを踏み出したのは2005年の名古屋グランパスエイトでした。当時の名古屋にはネルシーニョ監督が指揮を執り、ルーキーながら左アウトサイドや攻撃的MFとして開幕戦から先発抜擢。度胸満点のプレーで一気に頭角を現しました。
しかし、Jリーグの枠に収まる男ではありませんでした。2008年1月、周囲の制止を振り切る形でオランダのVVVフェンローへ電撃移籍を敢行します。クラブは初年度に2部降格という憂き目に遭いましたが、本田の本領発揮はここからでした。
「カイザー(皇帝)」と呼ばれたオランダ時代
2008-2009シーズン、キャプテンマークを腕に巻いた本田はエールステ・ディヴィジ(オランダ2部)で圧巻のパフォーマンスを披露します。強烈な無回転フリーキックと絶対的なキープ力でチームを牽引し、16ゴール13アシストを記録。クラブを1部昇格へ導くとともに、リーグ最優秀選手賞(MVP)を受賞しました。現地メディアやサポーターは親愛と敬意を込めて彼を「カイザー(皇帝)」と呼んだのです。