事件の発端は2016年12月4日夜に遡ります。筑波大学からフランス東部の都市ブザンソンにあるフランシュ・コンテ大学の付属語学学校へ留学していた黒崎愛海さんは、ブザンソン近郊のレストランでチリ人元交際相手のニコラス・セペダ受刑者と会食。その後、愛海さんが暮らしていた大学の女子寮「ルソー」へ2人で戻ったことが確認されています。
しかし、翌12月5日の未明、寮内では複数の学生が「女性の激しい悲鳴」や鈍い物音を耳撃していました。この夜を境に愛海さんの消息は完全に途絶え、友人や家族からの連絡に本人が直接応じることは二度とありませんでした。
捜査当局が介入した際、愛海さんのスマートフォンからは「パスポートの再発行が必要になった」「一人で旅に出る」といった不自然なメッセージが家族や関係者へ送信されていましたが、これらは犯行の発覚を遅らせるためにセペダ受刑者が愛海さんの携帯端末を操作して偽装工作を行ったものと判明しました。セペダ受刑者は事件直後にフランスを出国し、スイス、スペインを経由して母国チリへ逃亡。国際手配を経て2026年にフランスへ身柄が引き渡されるまで、外交と司法を巻き込む長期戦の幕開けとなったのです。