旧皇族の血統を理解する上で、避けて通れないのが「伏見宮(ふしみのみや)」の存在だ。離脱した11宮家は、すべてこの伏見宮家から派生した枝葉にあたる。つまり、旧皇族の男系男子のルーツを辿ると、最終的には室町時代の伏見宮貞成親王(あるいはそれ以前の北朝の崇光天皇)に行き着く。
この巨大な家系図は、明治以降の皇室の藩屏(はんぺい)として機能してきた。東久邇宮家のように、明治天皇の娘が嫁いだり、昭和天皇の第一皇女である成子内親王が嫁いだりしたことで、天皇家と二重三重の婚姻関係を結んだ宮家もある。しかし、男系(父親の血筋)のラインだけで見ると、現天皇家との共通の祖先は約600年前まで遡らなければならないという事実が、この議論を複雑にしている。