1979年秋、第18回ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)のステージに立ったクリスタルキングは、異様な緊張感に包まれていた。演奏が始まった瞬間、会場の空気が凍りつき、直後に熱狂へと変わる。グランプリを獲得した彼らは、そのまま第10回世界歌謡祭でもグランプリを受賞。ヤマハ音楽振興会のバックアップのもと、キャニオン・レコード(現ポニーキャニオン)からリリースされたクリスタルキングの曲「大都会」は、ミリオンセラーを軽々と突破した。
当時の音楽シーンは、フォークから発展したニューミュージックが台頭しつつも、テレビ主導の歌謡曲が絶対的な権力を握っていた。そこに持ち込まれたのは、長崎・佐世保の米軍クラブ仕込みの骨太なバンドサウンド。洗練された都会風のポップスとは一線を画す泥臭さと、圧倒的な演奏技術の高さが、リスナーの胸倉を掴んだのだ。