市川猿弥の演技がなぜこれほどまでに観客を惹きつけるのか。その秘密は、卓越した基礎技術に裏打ちされた「緩急自在の表現力」にあります。
第一に挙げられるのが、劇場の隅々まで明瞭に通る強靭な発声とセリフ術です。歌舞伎特有の様式的な台詞回しはもちろん、現代劇に近い新作歌舞伎の台詞であっても、言葉のニュアンスが一言一句クリアに伝わります。
第二に、重量感ある体躯からは想像もつかない軽快な身体のキレです。長年の立ち回りで培われた足腰の強さがあるからこそ、滑稽な動きやダイナミックなアクションが様式美を崩すことなく成立します。
第三に、絶妙な「愛嬌(チャリ)」の表現です。緊迫した場面にふっと笑いを差し込み、観客の緊張をほぐす間合いの取り方は天下一品。悪人を演じてもどこか憎めない人間味を漂わせ、道化を演じれば客席を歓喜で包み込みます。演劇評論家からも「舞台に深みと立体感をもたらす稀有な役者」として、常に最高峰の評価を獲得しています。