日本の政界において「華麗なる一族」と呼ばれる家系は数多く存在しますが、安倍晋三元首相の血統ほど近代日本政治の明暗を凝縮した例は稀です。その中核に位置するのが、父方と母方それぞれの祖父の存在でした。
母方の祖父である岸信介(1896〜1987年)は、山口県田布施町出身。東京帝国大学法学部を首席で卒業後、革新官僚として頭角を現し、戦後は第56代・第57代内閣総理大臣を務めました。実弟にはノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元首相がおり、一族から2人の首相を輩出した名門です。
一方、父方の祖父である安倍寛(1894〜1946年)は、山口県日置村(現・長門市)の大地主・酒造業の家に生まれました。東京帝国大学政治学科を卒業後、地元で村長や県会議員を経て衆議院議員に当選。「大政翼賛会」による統制選挙において、軍部や東條英機政権の政策を厳しく批判し、非推薦の身でありながら当選を果たした気骨ある政治家でした。
この両家を結んだのが、安倍寛の長男である安倍晋太郎(元外相)と、岸信介の長女である岸洋子の結婚でした。国家主義的リアリズムの頂点に立つ岸家と、地方の清廉なリベラリズムを体現する安倍家という、水と油とも言える血脈の合流が、後の安倍晋三という特異な政治家を形成する土台となったのです。