インターネット上の掲示板やSNSでは、今なお「矢野顕子から空里香が略奪した」「複雑な家庭関係で遺産相続が揉めているのではないか」といった根拠のない憶測が散見されます。しかし、一次資料や実際の家族の動向を精査すると、そうした俗説とは全く異なる実態が浮かび上がってきます。
まず「略奪愛による泥沼劇」というイメージについてです。確かに1990年代初頭、別居が始まった当初は感情的な軋轢が存在した時期もあったとされます。しかし、坂本さんと矢野さんの別居期間が14年にも及んだ最大の理由は、憎しみ合っていたからではなく、互いの自立した生活ペースと仕事環境を壊さずに維持するための冷却期間だったという側面が強いのです。矢野顕子さんは離婚成立後も、坂本さんの楽曲をカバーし、坂本さんもまた矢野さんの才能をメディアで絶賛し続けました。娘である坂本美雨さんも、父・坂本龍一さん、母・矢野顕子さん、そして空里香さんや弟の空音央監督とオープンで温かな家族関係を築いており、いわゆる「断絶」とは無縁の成熟したコミュニティを形成していました。
もう一つの大きな関心事である「莫大な遺産と著作権の行方」についても、緻密な生前対策が施されていました。坂本龍一さんの楽曲がもたらす著作権印税や原盤権は、世界規模で年間数億円規模に達すると推計されますが、これらは個人資産として漫然と放置されていたわけではありません。坂本さんは生前、自身が設立した著作権管理会社「KABアメリカ」や日本国内の関連法人を通じて、知的財産の権利関係を完全に法人化・整理していました。
最晩年には公正証書遺言の作成を含め、35年間にわたりマネジメントを実質的に統括してきた空里香さん、そして美雨さんをはじめとする子供たちへの配分や承継スキームが、法的な不備のない形で整えられていたと報じられています。感情的な対立による遺産争いが起きていない事実そのものが、生前の坂本さんとパートナーたちがいかに理性的かつ誠実に未来を見据えていたかを物語っています。