徳川家を語る上で欠かせないのが、将軍家を補佐し後継者を輩出した「徳川御三家(尾張・紀州・水戸)」と、大政奉還後に特別に創設された「徳川慶喜家」の存在です。幕末の激動を経た各家は、それぞれ異なる道を歩んでいます。
まず、歴史ファンに大きな衝撃を与えたのが徳川慶喜家の断絶です。大政奉還後、明治政府から宗家とは別に公爵を授けられた慶喜家ですが、第4代当主を務めた徳川慶朝(よしとも)氏は、写真家として活動しながら「徳川将軍珈琲」の監修・復刻を手がけるなど文化活動で親しまれました。しかし、慶朝氏が2017年に逝去した後、家督を継承する後継ぎがおらず、慶喜直系の公爵徳川家は4代でその歴史に幕を下ろすこととなりました。
これに対し、徳川御三家の血脈は現在も力強く息づいています。
- 尾張徳川家(第22代当主・徳川義崇氏):国宝「源氏物語絵巻」をはじめとする屈指の名宝を収蔵する公益財団法人徳川黎明会(徳川美術館)の会長を務めています。ITエンジニアとしてのキャリアを持ち、情報技術を活用した収蔵品管理や美術館のデジタルシフトを推進しています。
- 紀州徳川家(第19代当主・徳川宜子氏):御三家初の女性当主として知られています。建築家として自らの建築設計事務所を主宰し、専門職として一線で活躍しつつ、祖先の祭祀を守り続けています。
- 水戸徳川家(第15代当主・徳川斉正氏):元東京海上日動火災保険のサラリーマンとしてキャリアを築いた後、公益財団法人水戸明振会(徳川ミュージアム)の理事長として、名刀「燭台切光忠」の再現プロジェクトなど文化財の保存・普及に尽力しています。
御三家の現当主たちに共通しているのは、全員が一般社会での実務経験を積み、専門的な職業スキルを持った上で、文化財の保護責任を果たしている点です。特権的身分に安住するのではなく、現代社会のルールの中で家名を誇り高く維持しています。