一山麻緒の競技人生において、2026年春の資生堂への移籍は最大の転機の一つでした。高校卒業以来、名将・永山忠幸監督のもとで実力を伸ばし、東京五輪代表まで押し上げてくれた古巣・ワコールを離れる決断には、並々ならぬ覚悟が必要でした。
実態として、移籍の背景には大きく分けて2つの明確な理由がありました。
- 夫婦の生活拠点の統合:当時、夫の鈴木健吾は東日本(富士通・千葉拠点)で活動しており、一山が京都を拠点とするワコールに所属したままでは「遠距離婚」が常態化していました。日々の食事やコンディショニングを共にすることが競技力向上に直結すると考え、関東への拠点移動が不可欠でした。
- 競技者としてのさらなる自律と環境の刷新:資生堂は岩水嘉孝ヘッドコーチをはじめとする質の高い指導体制と、最新の科学的トレーニング環境を備えています。長年培った基礎の上に新たな刺激を取り入れ、世界と戦うための進化を求めた結果でした。
また、資生堂に所属したことで、彼女が以前から関心を持っていた「ランナーの美容とメイク」という自己表現がより花開くこととなりました。レース時に身にまとう華やかなメイクは「かわいさのアピール」に留まらず、過酷な42.195kmを戦い抜くための「自分自身の戦闘モードへのスイッチ」であると本人が明言しています。美しく装い、強く走る彼女の姿は、資生堂のブランドメッセージとも見事に共鳴しています。