上杉謙信の死因の真相|厠での急死と脳溢血説・暗殺説の真実を追う

上杉謙信の死因の真相|厠での急死と脳溢血説・暗殺説の真実を追う

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天正6年3月9日の早朝、越後・春日山城内に激震が走りました。総勢3万人とも伝わる大軍の動員令を発し、3月15日の出陣を間近に控えていた謙信が、城内の厠で突然意識を失い、卒倒したのです。

当時の記録である『当代記』には、「三月九日、謙信便所へ入り、中気起りて倒れ、言の葉も通ぜず」と記されています。中気(ちゅうき)とは現代でいう脳卒中・脳血管障害を指し、倒れた直後から言語障害や運動麻痺に陥っていた生々しい様子が窺えます。側近たちが慌てて寝所に運び込み懸命の治療を試みたものの、一度も意識を取り戻すことなく、発症から4日後の3月13日午の刻(正午頃)に息を引き取りました。享年49(満48歳)という若さでした。

出陣直前の慌ただしい軍議の最中、張り詰めた極度の緊張状態にあった謙信の肉体は、すでに限界を迎えていました。戦国大名として常に先陣を切り続けた超人的な精神力の裏で、血管の破綻という不可逆な破滅が静かに進行していたのです。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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