なぜこの地に、これほど壮大なループ橋が建設されるに至ったのでしょうか。その答えは、肥後(熊本)と日向・大隅(宮崎・鹿児島)を隔てる加久藤峠の歴史にあります。
かつての加久藤峠は、幾重にも連なる急カーブと幅員の狭さから「九州屈指の難所」として恐れられていました。昭和30年代から40年代にかけての高度経済成長期、産業道路としての需要が爆発的に増加する中、大型トラックの離合すら困難な旧道は物流の大きなボトルネックとなっていたのです。
この急峻な断崖を克服するため、当時の最新土木技術を結集して昭和52年(1977年)に完成したのが、全国的にも極めて珍しい連続ループ橋方式(人吉ループ橋+えびのループ橋)でした。山腹を円形に2回転半しながら高度を稼ぐ設計により、大型車両の通行が可能な緩やかな勾配を実現。九州の国土軸を支える大動脈として、地域経済を劇的に変革させた歴史的建造物なのです。