2026年の生活を語るうえで外せないのが、あまりにも人間らしく、かつ絶対に傷つかない高機能AIの日常化だ。私たちは日々、こちらの都合で理不尽に問い詰め、都合が悪くなれば途中でログを閉じても文句ひとつ言わない知的エージェントと対話している。
この「ノーリスクな対話体験」への過剰な慣れが、皮肉にも生身の人間に対する耐性を著しく低下させている。感情を持ち、反応が遅れ、時に期待外れの返答をしてくる生身の人間に対して、AIに対するような短気さで接してしまう。思い通りにならない他者に対して思わず出てしまう舌打ちや冷淡な態度。それは、道具のように扱える存在に囲まれた生活が人間側に植え付けた、恐るべき副作用と言える。