この物語を単なる「被害者である傷病兵の悲劇」として片付けることはできない。読者の神経を最も残酷に逆撫でするのは、須永の世話を一手に引き受ける妻・時子の内面に宿る魔物だ。社会からは「軍神を献身的に支える貞淑な妻」として称賛されながら、閉ざされた蚊帳の中で彼女が味わうのは、絶対的な支配者としての暗い悦楽である。
手足のない夫は、彼女の意思一つで飢えさせられ、放置され、抱き締められる。ある日、苛立ちのあまり夫の胸に小刀の針を突き立てた時、時子が覚えた戦慄と甘美な興奮。暴力はエスカレートし、やがて取り返しのつかない決定的な一線――夫の唯一残された感覚器官である眼球を奪う暴挙へと雪崩れ込んでいく。被害者が加害者へと反転し、介護が加虐へと姿を変える。逃げ場のない関係性の地獄は、人間が他者を所有しようとする欲望の恐ろしさを冷ややかに告発している。