運ばれてきたロースの断面を眺めて、思わず息を呑む客は少なくない。芯に向かってグラデーションを描く淡いロゼ色。中心温度計に頼り切る近代的な調理法とは一線を画し、店主は指先の触覚と油の泡立ちの音だけで、肉の内部で起きているタンパク質の凝固を見極める。低温の油でじっくりと芯まで熱を届け、一度引き上げて余熱で肉汁を循環させた後、高温の鍋で一気に外側を固める二度揚げの技法だ。
サクッという乾いた音に続いて押し寄せるのは、噛む力を必要としないほどのしなやかな繊維のほどけ具合。脂身は決して重くなく、舌の上で甘い液体へと化していく。過剰な演出を削ぎ落とした先にしか現れない、肉そのものの純粋なうま味。このひと切れのために何十分もの火入れを待つ価値が、確かにここにある。