ネット上で「イギリス料理=グロテスク・激マズ」というイメージを決定づけているのが、うなぎのゼリー寄せとスターゲイジーパイの2大メニューです。しかし、これらが英国内で日常的に愛食されているかといえば、事実は大きく異なります。
まず、うなぎのゼリー寄せ(Jellied Eels)は、18世紀から19世紀にかけてロンドン東部(イーストエンド)の貧民街で誕生した極めて限定的な労働者階級のファストフードです。工業排水で濁ったテムズ川でも繁殖できた生命力の強いウナギをぶつ切りにし、煮込んで冷やすことでウナギ自身のコラーゲンで固めた保存食でした。現在では伝統的なパイ&マッシュ店で細々と提供されるノスタルジーの対象に過ぎず、現代の一般的なイギリス市民、とりわけ若年層の間では「一生に一度も口にしたことがない」「見た目が苦手で絶対に食べない」という人が大半を占めています。
一方、魚の頭がパイ皮を突き破って星空を見上げているかのようなスターゲイジーパイ(Stargazy Pie)は、イングランド南西部コーンウォール地方のマウゼル(Mousehole)という漁村に伝わる局所的な郷土料理です。冬の嵐で飢餓に瀕した村を救うため、嵐の海へ出漁して魚を持ち帰った英雄トム・バーコックを称える祭礼(毎年12月23日の前夜祭)で振る舞われる儀礼食であり、イギリス全土のレストランで日常的にメニューに載るような料理では断じてありません。
ネットカルチャー特有の「奇妙なものの面白おかしい切り取り」がアルゴリズムによって拡散され、局所的な伝統食や過去の遺物が「現在のイギリス料理全般の標準」であるかのように誤認されているのが、悪評の大きな正体です。