ネット上の掲示板やSNSで頻繁に目にする「勉強時間1万時間説」の起源を探ると、2005年まで実施されていた旧司法試験時代の名残に行き当たります。当時の合格率はわずか2〜3%台であり、大学卒業後に何年間も研究室や受験機関に籠もり、学問的な法解釈論を徹底的に突き詰める多年度受験生が一般的でした。その結果として「5〜6年×年間2,000時間=1万時間」という過酷な計算式が定着した歴史的経緯があります。
法務省の発表資料や大手予備校の合格者アンケートによると、現行の試験制度における実質的な勉強時間のボリュームゾーンは3,000時間から5,000時間程度に収斂しています。予備試験を経由して一発合格する層や法科大学院の既修者コース出身者には、2,500〜3,500時間程度で最終合格を勝ち取るケースも珍しくありません。
では、なぜ現代においても1万時間という数字が一人歩きを続けるのでしょうか。予備校関係者や合格者の手記を分析すると、以下の3つの構造的な要因が浮かび上がります。
第1に、「机に向かっていただけの受動的な時間」の合算です。難解な基本書や判例集をただ漫然と眺めていた時間、理解が伴わないまま講義動画を倍速で流し見していた時間をすべて「勉強時間」としてカウントしてしまうケースです。第2に、アウトプットを後回しにした学習の長期化です。短答式試験の知識暗記に過度な時間を奪われ、論文の答案構成や起案の訓練を先送りした結果、不合格を重ねて累積時間だけが膨張します。そして第3に、完全独学による迷走です。出題範囲の絞り込みができず、試験に出ない学説の対立に足を取られることで、本来不要な遠回りを強いられた結果の1万時間といえます。