紀里谷和明氏との離婚発表時、公式サイトを通じて明かされた表向きの理由は「互いに変化し、描く未来図が少しずつズレていったことによるすれ違い」でした。しかし、その内実には単なる多忙にとどまらない、表現者同士特有の熾烈な葛藤が存在していました。
当時、宇多田ヒカルは全米進出をはじめとする国際的なプロジェクトに挑み、紀里谷氏もまた映画『CASSHERN』(2004年)のメガホンを取るなど、双方が表現者としての限界に挑んでいた時期でした。後年、紀里谷氏はメディアの単独インタビューにおいて、当時の胸中を赤裸々に吐露しています。
「彼女はまだ若すぎたし、僕自身もあまりに未熟だった。お互いに強い表現欲求とエゴを抱える中で、彼女の圧倒的な存在感に対し、自分自身のアイデンティティを保つことがどれほど過酷だったか」
世間から「宇多田ヒカルの夫」という強烈なレッテルを貼られた紀里谷氏の苦悩は想像を絶するものでした。一方の宇多田ヒカルも、10代特有の孤独感や情緒的不安を抱えながら、精神的支柱を配偶者に求めていた側面があります。しかし、互いに一歩も譲れないクリエイティビティの激突が、徐々に2人の家庭生活から安らぎを奪っていきました。結果として破局を迎えたものの、現在に至るまで紀里谷氏は彼女の才能へのリスペクトを公言しており、憎しみ合って別れたわけではない「必然的な解散」であったことが分かります。