高松中央商店街の再開発が全国から「奇跡」と称賛される最大の理由は、単なる建物の建て替えにとどまらず、土地の権利構造そのものにメスを入れた都市再生モデルを確立した点にあります。1980年代後半から1990年代にかけて、郊外型大型商業施設の進出や瀬戸大橋開通に伴うストロー現象により、丸亀町をはじめとする中心街の通行量は激減。空き店舗が急増し、存亡の危機に立たされていました。
この危機を打開すべく立ち上がった商店街振興組合が採用したのが、土地所有権を地権者が保持したまま、街づくり会社が一括して定期借地(60年)で借り上げ、建物の建設・テナント誘致・管理運営を一元的に担う「所有と利用の分離」という画期的な手法でした。これにより、個人の都合で歯抜けになりがちだった商店街の区画整理が一挙に進み、商業施設だけでなく、上層階に分譲マンションや診療所、高齢者向け福祉施設を組み込んだ「コンパクトシティ型再開発」が実現したのです。
A街区からG街区までを段階的に整備する長期計画のもと、高級ブティックやガラスドームが象徴的なA街区(ドーム広場周辺)から、商業・ホテル・住居が融合した「丸亀町グリーン」(東館・西館)に至るまで、街の表情は劇的に変貌しました。商業者自らがリスクを取り、民間主導で行政を巻き込んだこの仕組みこそが、高松中央商店街再開発が成し遂げた最大のブレイクスルーです。