オフコース史、ひいては日本のライブエンターテインメント史において最もドラマティックな瞬間として語り継がれているのが、1982年6月30日に行われた日本武道館10daysコンサートの最終日です。チケット応募総数が約53万通に達した伝説のツアー「over」の千秋楽、ピアノの前に座った小田和正は、「言葉にできない」の演奏中に突如歌声を詰まらせ、両手で顔を覆って号泣しました。
当時の特番映像や関係者の証言によると、この涙は単なる感極まりではありませんでした。高校時代からの盟友であり、オフコースのもう一人の柱であった鈴木康博のグループ脱退が決定していたこと、そして「5人のオフコース」としてステージに立つのがこの武道館公演で最後になるという現実が、演奏中に小田の脳裏を激しく去来した結果でした。
さらに現場の演出も劇的でした。小田が言葉を詰まらせピアノだけが鳴り響く中、ステージ背面のスクリーンには鮮烈な「ひまわり」の映像が映し出されました。観客席からは割れんばかりの拍手と「がんばれ!」という声援が飛び交い、小田が絞り出すように歌い直した「ラララ…」の大合唱は、会場全体をひとつにする歴史的名シーンとなりました。長年連れ添ったパートナーとの別れに対する悔恨、感謝、そしてグループの未来への不安が極限状態で交錯した瞬間だったといえます。