今でこそ唯一無二の武器として絶賛されるそのハイトーンボイスですが、幼少期から思春期にかけては、彼にとって「人生を狂わせる呪い」に他なりませんでした。本名である柳川昇として過ごした学生時代、周囲の男子生徒が次々と変声期を迎えて声が低くなっていくなか、蒼井翔太の声変わりは訪れませんでした。
中学校に進学すると、高い声と可愛らしい顔立ちを理由に心ないからかいやいじめの対象となり、耐えかねて不登校へと追い込まれます。当時の心境について、本人は特番インタビューや手記の中で「自分の声が大嫌いで、誰とも話したくなかった」「電話に出ることすら怖かった」と赤裸々に吐露しています。鏡に映る自分やテープレコーダーから流れる自分の声を拒絶し、深い闇の中に閉じこもる日々が続きました。
その絶望的な状況を打破した転機は、友人と訪れたカラオケボックスでした。勇気を出して倖田來未の楽曲を原曲キーで歌った際、嘲笑されるどころか「すごい声だね」「もっと歌ってほしい」と絶賛されたのです。欠点として呪っていた高音が、他者を感動させる才能へと反転した瞬間でした。
その後、2006年に「SHOWTA.」名義でキングレコードからシングル『願い星』でメジャーデビューを果たします。当時は「奇跡の歌声を持つ美少年」として売り出されたものの、表現の方向性やアーティスト像を巡る葛藤は続き、一度はメジャーシーンを離れる苦汁をなめました。アニソンや声優の世界へ舵を切り、2011年に「蒼井翔太」として再スタートを切るまでの泥臭い下積みと自己再構築のプロセスが、現在の強靭な表現力の土台となっています。