多くのファンが抱いた「なぜ国内の三菱重工業で造らなかったのか」という疑問の背景には、日本の造船史に残る苦渋の決断があります。
かつて三菱重工業長崎造船所は、世界最高峰の大型クルーズ客船を次々と建造し、高い技術力を世界に示していました。しかし、2011年に米カーニバル傘下のアイーダ・クルーズから受注した大型客船2隻(アイーダ・プリマ、アイーダ・ペルラ)の建造において、未曾有の危機に直面します。
設計変更の頻発、客室内装資材の調達難、度重なる船内火災事故などが重なり、納期が大幅に遅延。その結果、三菱重工は累計2,700億円を超える特別損失を計上することになりました。この痛烈な経験を経て、三菱重工業は2016年10月、国内大型客船建造からの撤退を正式に発表。長崎造船所の経営資源を商船や防衛省向け艦艇、エネルギー関連事業へとシフトさせました。
郵船クルーズが新造船の検討を本格化させた段階で、すでに国内には5万トンクラス以上のクルーズ船を単独で安全に建造できるサプライチェーンと受け入れドックが存在しなかったのです。