ネット検索で「カメラ女子」と入力すると、関連サジェストに「痛い」「嫌い」「うざい」といったネガティブワードが並ぶ現状があります。この現象の背景を探ると、単なる個人の好みの問題にとどまらず、「写真への情熱と振る舞いのギャップ」に対する周囲の違和感が浮き彫りになってきます。
写真表現を突き詰めること自体は何ら非難される筋合いのものではありません。しかし、世間から冷ややかな視線を向けられているのは、技術や被写体への敬意が希薄なまま「カメラを持っている特別な私」という自己演出だけが肥大化しているタイプです。写真そのものではなく、カメラを持つ自分を主役にした発信があまりにも過剰な場合、見ている側に「承認欲求の道具にしているだけ」と透けて見えてしまいます。
さらに、かつて写真カルチャーを支えてきた古参の愛好家層や、静かに日常を過ごしたい周囲の一般人との間に生じる摩擦も深刻です。写真の腕前をひけらかす一方で基礎的な知識を持たず、周囲への配慮を欠いた行動を取る一部の存在が、カメラ女子全体のイメージ低下を招いています。