茨木のり子の詩が今なお刺さる理由|孤独と矜持に満ちた生涯の真相

茨木のり子の詩が今なお刺さる理由|孤独と矜持に満ちた生涯の真相

茨木のり子の詩が今なお刺さる理由|孤独と矜持に満ちた生涯の真相にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

茨木のり子(本名:三浦のり子)は1926年(大正15年)6月12日、大阪府大阪市に生まれました。幼少期に医師であった父の郷里である愛知県西尾市へ移り住み、豊かな自然と読書に親しむ少女時代を過ごします。当時の女性としては極めて先進的な進路を選び、上京して帝国女子医学・薬学専門学校(現・東邦大学薬学部)薬学科へ進学しました。

しかし、青春のまっただ中にあった1945年、19歳の夏に終戦を迎えます。「空襲と飢えに怯え、もっとも瑞々しいはずの10代後半を戦争に奪われた」という強烈な原体験は、のちの彼女の創作活動における揺るぎない根幹となりました。戦後、薬剤師の資格を得るも文学への志を捨てきれず、戯曲の執筆などを経て詩作の世界へと本格的に身を投じます。

1953年、27歳のときに同年代の詩人・川崎洋とともに詩誌『櫂(かい)』を創刊。ここへ谷川俊太郎、大岡信、吉野弘といった錚々たる才能が集い、戦後の日本現代詩に新風を吹き込む一大潮流を築き上げました。自らの足で立ち、自らの言葉で語る彼女の姿勢は、初期からすでに完成されていたといえます。

井上 凛
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井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。