三島の私生活における同性愛的な側面は、昭和の夜の社交場でも語り草となっていました。1950年代から60年代にかけて、銀座や新橋に実在した伝説的なゲイバー「ブランスウィック」や「青江」などに三島が頻繁に出入りしていた事実は、当時の関係者から広く証言されています。三島由紀夫とゲイバーの銀座の伝説は、文壇の寵児が素顔を晒すことのできる数少ない解放区での出来事でした。
決定的な波紋を呼んだのが、1998年に作家の福島次郎が発表した実名手記『三島由紀夫――剣と寒紅』です。同書では、福島氏と三島がかつて肉体関係を伴う愛人関係にあったことが生々しく綴られ、三島から送られた私信(書簡)が無断で掲載されました。これに対し、三島の遺族(妻・平岡瑤子ら)は著作権侵害およびプライバシー侵害を理由に提訴します。長期に及んだ三島由紀夫と福島次郎の裁判手記をめぐる法廷闘争は、最高裁判所で遺族側の勝訴が確定し、書籍は出版差し止め・絶版となりました。裁判自体は著作権侵害の是非が焦点でしたが、手記の内容そのものが世間に与えた衝撃は計り知れず、三島の実像を裏付ける歴史的証言の一つとして今も議論されています。