1947年、GHQの占領下において挙行された11宮家51名の皇籍離脱は、近代皇室史における最大の転換点であった。テレビの歴史ドキュメンタリーやNHKアーカイブスの貴重な映像記録が伝える通り、伏見宮、東伏見宮、久邇宮、山階宮、賀陽宮、朝香宮、東久邇宮、竹田宮、北白川宮、梨本宮、華頂宮という11の宮家が皇籍を離れ、民間人としての道を歩み始めた。
これらの宮家はすべて、江戸時代末期に活躍した伏見宮邦家親王の血を引く系統である。中世以来の伝統を誇る伏見宮家は、皇統の途絶を防ぐ「世襲親王家」としての重責を担い続けてきた。終戦直後の混乱期、財政的困窮や占領軍の意向によって皇籍を脱することとなったが、その血脈自体が絶えたわけではない。