1980年代の日本のテレビ界において、「土曜8時」はまさに戦場だった。ザ・ドリフターズが率いる『8時だョ!全員集合』は、緻密に計算されたセットと身体を張ったギャグで圧倒的な視聴率を稼ぎ出し、若い志村けんはその中心としてお茶の間の爆笑をさらっていた。そこに真っ向から勝負を挑んだのが、フジテレビの『オレたちひょうきん族』である。
ビートたけしと共に番組の顔となった明石家さんまは、従来のコントの枠組みをぶち壊す台本無視のアドリブと爆発的なフリートークで若者層を熱狂させた。所属プロダクションも、関西のお笑い王国である吉本興業と、渡辺プロダクションの流れを汲むイザワオフィスという真逆の背景を持つ。世間やメディアはこの激突を「流派の対立」と捉え、二大スターの不仲説を盛んに書き立てた。しかし、過熱する報道を余所に、当人たちは相手の表現技法を冷徹なプロの目で見極めていたのだった。