ももいろクローバーZの歴史を語る上で避けて通れないのが、初期を支えた主要メンバーの離脱です。ネット上では「メンバー間の確執」「事務所との衝突」といった扇情的な憶測が長年燻り続けてきましたが、一次資料や当時の発言を丹念に追うと、まったく異なる本質が浮かび上がってきます。
2011年4月の中野サンプラザ公演をもってグループを脱退した早見あかりの経緯は、極めてストイックな自己分析に基づいたものでした。当時サブリーダーとしてクールビューティーな立ち位置を担っていた彼女は、グループの人気が急上昇する渦中で「自分が本当に目指すべき表現はアイドルではなく女優である」という葛藤を抱えていました。
後年のインタビューで早見は、「ももクロの全力投球なパフォーマンスに対して、嘘をついたままステージに立ち続けることがファンにもメンバーにも失礼だと感じた」と率直に告白しています。この潔い決断を受け止めた運営陣は、彼女の脱退と同時にグループ名を「ももいろクローバー」から「ももいろクローバーZ」へと改名。早見が去った傷を消し去るのではなく、背負った上で前進する覚悟を示しました。その証拠に、2026年以降には発酵スキンケアブランドの広告キャンペーンで百田夏菜子らと堂々の共演を果たし、10年越しの絆が証明されています。
一方、2018年1月に電撃発表された有安杏果の卒業理由は、より深刻な心理的疲弊と自己探求に起因するものでした。子役時代から20年以上にわたって芸能界の荒波に身を置き続けてきた有安は、自身のブログで「普通の女の子の生活を送りたい」と吐露しました。
一部メディアでは「メンバー内の孤立」「ハブられ説」が書き立てられましたが、真相はグループアイドルの過密日程と、自身の表現欲求との乖離にありました。高い歌唱力とダンススキルを誇っていた有安は、グループの「お祭り感」や「バラエティ的ノリ」と、自身の目指す音楽的クオリティの狭間で常に神経をすり減らしていました。卒業発表からわずか数日後に幕張メッセでラストライブを行うという異例のスピード決着も、彼女の精神的限界を察知した運営側の緊急措置だったことが伺えます。
その後、有安は医師との結婚を経て個人事務所を立ち上げ、ソロシンガーや写真家としての活動を再開。歩む道は完全に分かれたものの、それぞれが己の尊厳を守るために選んだ誠実な選択であったといえます。