1973年、51歳の時に京都・清涼寺で得度し、天台宗の僧侶となった。情念に翻弄される自らの生に区切りをつけ、仏門に帰依したニュースは日本中を驚愕させた。それまでの「瀬戸内晴美」から「瀬戸内寂聴」へと名を改め、寂庵を開いて人々の悩みに耳を傾ける日々が始まる。
出家は世俗からの逃避ではなく、生と死、愛と孤独をより深く見つめ直すための必然だった。法話でみせる洒脱な語り口と圧倒的な慈愛は、全国から集まる参拝者の心を救い続けた。僧侶としての活動と並行して『源氏物語』の現代語訳をはじめとする仏教文学や古典の研究にも没頭し、表現の領域をさらに拡張していった。