米津玄師が嵐へ楽曲を提供するというニュースは、日本のポップミュージック史における最大のトピックの1つとして受け止められました。この歴史的コラボレーションの起点となったのは、形式ばったスタジオや会議室ではなく、飾らない居酒屋の個室で行われた嵐のメンバー5人と米津玄師の会食でした。
当時の特番インタビューや関係者の証言によると、プロジェクトの初期段階において、米津は「まず5人がどんな人間なのか、生の声で話してみたい」と希望したとされています。嵐のメンバーもその提案を快諾し、お互いにお酒を酌み交わしながら、これまでの歩みやグループへの想い、日常の些細な出来事までを何時間も語り明かしました。櫻井翔はこの夜の対話を振り返り、「米津くんが一人ひとりの話をじっくりと聞き、僕たちの空気をそのまま吸い込んでいくような時間だった」と述懐しています。
米津玄師自身も後に、嵐というグループが背負ってきた巨大な国民的プレッシャーと、その裏側にある生身の人間としての温かさに深く感銘を受けたと明かしています。誰よりも輝かしい場所に立ちながら、常に他者の痛みに寄り添い続けてきた5人のリアルな佇まい。この夜の濃密な対話から得た実感が、楽曲『カイト』の骨格を形作る決定的なインスピレーションとなりました。