この論争の奇妙な点は、批判の手が左右の政治的スペックトラム双方から伸びていたことにある。左派勢力からは「青年の戦意を煽る軍歌の再来」「映画業界と一体となった戦前回帰のプロパガンダ」と決めつけられ、厳しい排斥運動の対象とされた。
しかし一方で、右派勢力からも不満の声が上がっていた。「死をただ悲しむばかりで、国家のための壮烈な覚悟が描かれていない」「あまりにも戦鬱的で弱々しい」といった非難である。双方の思惑から挟み撃ちに遭う形で、楽曲本来の芸術的表現は置き去りにされ、政治的レッテル貼りだけが先行するという凄惨な炎上構造が完成してしまったのだ。