平安時代末期、『平家物語』に登場し京の都・清涼殿を黒雲とともに襲ったとされる鵺は、日本伝承における虎モチーフの妖怪として最強の知名度を誇ります。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、そして手足がトラという奇怪な姿で描かれますが、なぜ手足にトラの部位が選ばれたのかには明確な呪術的根拠が存在します。
この異様な合成構造は、古代中国の方位・天文学である十二支と深く結びついています。平安京の都市計画において最も恐れられた方角は、北東に位置する「鬼門(きもん)」でした。鬼門は十二支で表すと「丑(うし)」と「寅(とら)」の合間、すなわち丑寅(うしとら)の方角に該当します。
鵺の手足にトラが割り当てられたのは、単に獰猛な爪で獲物を引き裂く攻撃力を象徴するだけでなく、鬼門の呪力である「寅」の邪気を全身に宿す存在であることを示しています。源頼政が放った矢によって射落とされるこの怪異は、当時の貴族社会が抱いていた「鬼門から押し寄せる怨霊や天災への恐怖」を具現化した造形だったのです。