事件発生後、チリへ帰国したセペダの身柄引き渡しを巡っては、国際法上の高い壁が立ちはだかりました。しかし、日本・フランス両政府の粘り強い要請とフランス司法当局が提示した膨大な証拠資料に基づき、2026年7月にチリ最高裁判所が身柄引き渡しを許可。異例の国際送還が実現しました。
2026年4月に開かれたブザンソン重罪院での第一審、そして2026年末に開かれた控訴審(ヴズール)においても、セペダは一貫して「自分は殺害していない」「寮で親密に過ごしたあと別れた」と無実を主張し続けました。しかし、陪審員と裁判官を納得させる反論は一切できず、司法は厳しい鉄槌を下しました。
法廷では黒崎さんの母・浩子(たいこ)さんや妹たちが証言台に立ち、「愛海をどこへ隠したのか、真実を話してほしい」と涙ながらに懇願しました。しかしセペダ受刑者は時折自らを被害者のように見せかけるパフォーマンスを繰り広げるのみで、遺体の所在について口を開くことは最後までありませんでした。