歴史書や世界ニュースで目にする「バッタの大群が空を覆い尽くし、農作物を壊滅させる現象(蝗害=こうがい)」について、「イナゴが暴走した姿なのか」と誤解するケースが後を絶ちません。漢字で「蝗」と書くため混同されやすいものの、生態学的な実態は全く異なります。
世界的な大飢饉を引き起こす蝗害の主役は、サバクトビバッタやトノサマバッタなどの「飛蝗(ひこう)」です。これらの種は生息密度が異常に高くなると、体色や骨格、行動パターンが劇的に変化する「相変異(そうへんい)」を起こします。翅が長く伸び、長距離を群れで飛翔する「群生相(ぐんせいそう)」へ変異し、風に乗って数百キロを移動しながらあらゆる植物を食い尽くします。
一方、日本で水田に見られるコバネイナゴやハネナガイナゴは、極端な群生相への変異を起こして長距離を大集団で渡り飛ぶことは基本的にありません。局所的な水田で個体数が増加し葉を食害する被害はあるものの、大陸で見られるような天を覆い尽くす蝗害の主犯はイナゴではなくトノサマバッタの群生相です。言葉の綾が生んだ歴史的な誤認といえます。