クリスタルキングという看板は、1980年代後半以降、深刻な分裂と法廷闘争の舞台となりました。名曲の光の裏で起きていたグループ崩壊の背景を紐解きます。
1986年の脱退とバンドの個人プロジェクト化
田中昌之氏は1986年、ソロ活動へ専念するためにクリスタルキングを脱退しました。脱退の背景には、ハードロック志向を強めたい田中氏と、歌謡ロック路線やエンターテインメント性を重視したいムッシュ吉﨑氏との音楽的志向の決定的な乖離がありました。
田中氏の脱退後、他のオリジナルメンバーも次々とバンドを離脱。最終的にバンドのリーダーであったムッシュ吉﨑氏が「クリスタルキング」の商標を自らの個人事務所(オフィス・クリスタルキング)で管理し、サポートメンバーを従えたソロユニット形態で活動を継続することになりました。
最高裁まで争われた「商標権裁判」の全貌
2000年代に入り、田中昌之氏がソロライブやテレビ番組に出演する際、「クリスタルキング田中昌之」あるいは「元クリスタルキング」という肩書を使用したことを発端として、ムッシュ吉﨑氏側が不正競争防止法違反および商標権侵害を主張して提訴しました。
この裁判は泥沼化し、最終的に最高裁判所まで持ち込まれました。裁判所が下した判断は、芸能界の権利関係における極めて重要な判例となっています。
- 判決の要点:「クリスタルキング」という名称そのものをバンド名として名乗り活動することは商標権の侵害にあたる。
- 経歴表記の容認:しかし、「元クリスタルキングのボーカル」といった過去の客観的な経歴・実績を説明的に表示することは正当な表現行為であり、違法ではない。
法的には決着がついたものの、かつて肩を並べて一世を風靡した盟友同士が法廷で争う事態となったことで、二人の関係には修復不能な亀裂が残ることとなりました。