2026年春の訃報は、日本中に大きな喪失感をもたらした。盟友を失った柄本明の悲しみもまた、計り知れないものだった。しかし柄本は大げさに感情を露わにすることなく、静かに、そして深く志村さんの死を受け止めていた。
生涯を「お笑い屋」として駆け抜けた志村さん。映画や本格ドラマへの出演オファーがどれほど届いても、自身の主戦場はテレビのコント現場であることにこだわり続けた。そのストイックな生き様と笑いへの執着を、柄本は誰よりも深く理解していた。志村さんが去った今も、柄本が舞台の上で見せるふとした表情や間合いの中に、志村さんと分かち合った「笑いのDNA」を感じ取るファンは多い。