この街の呼称には、独特な都市再開発・歴史が刻まれている。もともとの通称は「親不孝通り」だった。親から送られてくる仕送りや予備校の授業料を使い込み、夜遊びに興じる受験生たちの姿を見て、地元住民や飲食店主たちが親しみを込めて(時に苦笑いを交えて)呼び始めたのが由来とされる。
しかし、街のイメージ向上を図る地元商店街の呼びかけにより、1990年代後半から2000年代にかけて漢字表記を「親富孝通り」へと変更する動きが本格化した。「親を敬い、富をもたらし、孝行をつくす」という願いが込められたこの改名は、単なる看板の掛け替えにとどまらず、街全体の治安改善や環境整備に向けたターニングポイントとなった。
時代の変化とともに名称の表記が変わっても、地元の人々の口からは今なお愛着を込めて「おやふこう」の響きが自然と漏れ出る。二つの表記が同居する事実こそが、この街が歩んできた多様性の証である。