引退時の衝撃がこれほどまでに巨大だったのは、紳助氏が当時のテレビ界における「絶対的ヒットメーカー」だったからです。その経歴を振り返ると、彼がエンタメ業界に与えた影響の大きさが浮き彫りになります。
漫才コンビ「紳助・竜介」として1980年代の漫才ブームを牽引した後、巧みなトーク力と鋭い人間観察力を武器に司会者へ転身。その後は数々の伝説的番組を生み出しました。
代表格である『クイズ!ヘキサゴンII』では、おバカタレントを起用したユニット(羞恥心やPaboなど)を音楽チャート上位へ送り込み、一大社会現象を巻き起こしました。さらに『行列のできる法律相談所』、『開運!なんでも鑑定団』、『人生が変わる1分間の深イイ話』など、視聴率20%超を連発するレギュラー番組を多数抱えていました。
また、現在も若手漫才師の登竜門として絶大な権威を持つ『M-1グランプリ』の創設を主導したのも紳助氏です。番組の司会者にとどまらず、企画立案からキャスティングまでを手掛けるプロデューサーとしての手腕は、平成バラエティの構造そのものを作り上げました。