サニブラウン明子さんは、学生時代に陸上競技の名門として知られる福岡県立八幡南高校に在籍していた。種目は100メートル障害(ハードル)および短距離走。インターハイ出場を果たすなど、当時から全国屈指の実力派スプリンターとしてトラックを沸かせていた経歴を持つ。
高校卒業後は名門実業団チームへ進み、第一線で過酷な勝負の世界に身を置いていた。速く走るための身体の使い方、怪我を防ぐフォーム、極限状態でのメンタルコントロール。彼女が自らの肉体で学んだ陸上の本質は、後に息子が世界へと羽ばたくための土台となった。だが、彼女は自らの陸上知識を息子に押し付けることは決してしなかった。経験者だからこそわかる競技の厳しさを知るゆえの、慎重で深い愛情がそこにあった。