在日コリアンが日本姓を名乗るようになった背景を理解する上で、通名制度の歴史と経緯、そして戦前の「創氏改名(1940年施行)」を切り離して語ることはできません。歴史の歯車と制度の変遷を正しく追う必要があります。
日韓併合期、日本政府は朝鮮半島の人々に対して「氏(家系を表す日本風の家名)」の設定を義務付ける創氏改名を実施しました。この際、従来の「姓(宗族を表す不変の血統名)」を戸籍上に残しつつ、新たに日本式の「氏」を届け出させました。このときに創られた日本姓の多くが、戦後日本に残留した人々の生活上の名前(通名)の基礎となりました。
終戦後、サンフランシスコ平和条約の発効(1952年)に伴い、在日朝鮮・韓国人は日本国籍を離脱し、外国人登録制度がスタートしました。しかし、すでに日本で生まれ育った世代や、日本社会で就職・商取引・学校生活を営む上で、激しい差別や偏見を避けるための防衛手段として、日常的に日本名(通称名)を使い続ける必要性があったのです。
当時の報道記録や当事者の手記には、「本名を名乗るとアパートの入居審査に落ちる」「就職試験の書類選考で落とされる」といった現実的な障壁が生々しく記録されています。通名とは、過酷な社会環境を生き抜くための切実な生活防衛手段として定着した歴史的産物なのです。