1982年、日本中を揺るがした小泉純一郎氏と佳代子さんの離婚劇。その時、佳代子さんのお腹の中に宿っていたのが彼だった。出生後、父や兄たちとは引き離される形となり、神奈川県横須賀市にある小泉家本邸の敷居を跨ぐことは許されなかった。幼い頃の彼は、テレビの中に映る「有名な父」や「活躍する兄」をどのような眼差しで見つめていたのだろうか。母・佳代子さんは厳格かつ温かい教育方針のもと、彼を一切の政治的特権から遠ざけて育み、一人の人間としての自立を何よりも重視したという。
学生時代には海外留学を経験し、語学力と国際感覚を身につけた。早稲田大学卒業後、周囲に自らの血筋を誇ることなく社会へ飛び出した姿勢には、母から受け継いだ凛とした気品と芯の強さが窺える。